勉強をする本当の意味

新年が明けまして、今年もオミクロン株なる新型コロナ・ウィルスに翻弄され続ける状況からのスタートに成りました。一方例年通りの春の「スギ花粉症」対策も既に始まりました。
現在寒冷日が続いて居りまして、明らかな花粉症症状は生じて居りませんが、当院の常連様方は、「どうせ例年通りスギ花粉症が来るのだから、オミクロンで外出し難くなる前に、早々に予防策を練り始めよう。」という作戦を立てて居られます。年々受診が早まって居り、この様なブログの記載が人様の気持ちを煽っているのではないか、という一抹の不安も御座います。一方、患者様方からは、「どうして医者は分かっているのに先に色々教えてくれないのか。始まってからでは重症化を避けられない。先手を打ちたいから、知識と予防法を享受してくれ。」という訴えを多数頂きます。しかしながら実際私がブログや実診療で申し上げている事は、「自然科学を論じる上で、極々当たり前な理屈であり、教科書的でしかありません。常識的は範疇でしかなく、特別な事は申して居りません。誰もが理解できて納得できる内容です。代り映えしない内容です。」と断じて居ります。小学生中学生に受ける理由が、「単純な理論だから」です。大人であれば、「フーン。そうなの・・。」レベルでしかありません。
この時期嬉しいのは、中学高校と大学受験を控えて学生さんが真剣に聞いてくれることでしょうか。その後受験後も通院して頂いて居る学生さん達が、「先生の解説で、日々の勉強が如何に大人になっても意味があり、使える事かが分かった。受験に関係する勉強が将来に直結する事が御医者さんから教わり、実感した。だから勉強を頑張り、合格出来た。感謝します。」と仰います。私が子供だった頃、そして現在も、「学校での勉強など大人になって役に立った事等、一度も無い。今だけ我慢しておけ。」等という大人の多い事。学び、そこから自分で考えて工夫する訓練する、その根気と努力の積み重ねが人生の拠り所に何れなります。TVのインタビューを聞いて、滑稽だとは思いませんか。自粛中に「本当は外出してる場合ではないんだが。」とか、自粛明けに「こんなに人が多いと心配だ。大丈夫か。」等と異口同音の返答をしている市民の多い事。「自分だけは大丈夫」という同調性バイアスに裏打ちされた、恥かしい発言を躊躇いなく吐く人民達。TVで顔御晒す愚かしさを勉強していれば、インタビューを避ける事位直ぐに分かります。これが勉強をする意味です。また「我慢」が出来ないという事も、勉強強度の低さ=我慢を学ばなかった事実とも言えます。新型コロナ・ウィルスの感染状況と自由の穿き違えは、相関性がある様に思います。

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