オリンピック・パラリンピックから考えてみる

オリンピック・パラリンピックに於いて問題や話題が生じていましたが、日本の立場と権威は保たれていたのでしょうか。
 新型コロナ・ウィルス感染症対策に関しては、相変わらずマスコミを中心として「場当り的・遅きに失する」と酷評して居りますが、課題の憲法解釈からして現在の内閣に戒厳令では無く、「完全自粛の強制」権限が与えられるのでしょうか。「決められない与党と内閣」と揶揄しますが、反対勢力が与党や内閣であった一時期もっと酷い為体状態ではなかったでしょうか。現野党や多くのマスコミは「もっと決められない愚か者」であり、「テレビ番組で御題目しか唱えられない政治評論家」でしか在りません。しかもオリンピックが始まると「さすが我が国日本の選手団は・・・」等と掌返しの論評です。見っとも無い事この上ない、です。彼らを風見鶏と言う以外、他無いと思います。節操がない与党以上に手の打ち様が無い野党とマスコミ。と戦前の反戦から一変し国民を政治家以上に煽り立てたマスコミは時代を超えて信用に足らない者と認識すべきです。視聴率・購買部数を伸ばせたら、写真週刊誌以上に何でもしますし、彼らに「良識や信条」等本来在りません。言い逃れしか考えて居らず、責任も取りません。それが政治家でありマスコミです。さらに法も適当ですから、芯が通って居ません。
 近隣の二か国も同様で、様々な意味での国際基準を満たせていない幼稚国家の独り善がり発言が大声で喚かれると諸外国に影響が及ぶという令和に入ってからの明快な事例に成りました。復興五輪と銘打っての開催で逢ったのですから、キムチの国の放射能言い掛りは、五輪開催自体への言い掛りであり、どうして参加したのかが、理解不能です。最近ゴールポスト適当移動作戦が日本から厳しく指摘されるので、出来にくくなっている事から言い掛りしか出来なくなって来ているのでしょう。古来世界の中心を自負している大国は思いの外’面子’に拘るあまり、損して徳捕れという発想が無いのです。分かり易い優劣が国民に訴求するのでしょう。何となく染みるような地味な訴えかけは、彼等には通じません。おしとやかなど、解釈の余地が無いのでしょう。それゆえ大声で泣き喚きするしか感情表現が出来ないのかも知れません。彼らから幾分メダルを奪い取った事は、してやったりです。この状況が延々続くはずが無いですが、コロナ感染源の最右翼である「10代から30代」に支えられているのも皮肉な事です。
 医療体制も国が経費を持ちたくないと民間に丸投げした結果、自由国家の本質が突かれた結果、「民間の反対・不同意」を顕著化させただけです。マスコミや政治家があれこれ言いますが、国からの補助で保険診療は成立するものの、設備投資や固定費は民間に丸投げで補助する事をせずに、「危機には手を携えて」など清く正しいキャンペーンを行っても誰も従いません。憲法を変更しなければ、自由は不自由なままです。そこを与党も野党もマスコミも国民も先延ばしにして胡麻化してきただけです。維新が起らなければ対処は出来ません。以前もブログで申しましたが、日本では「民主制改革(革命)」が一度も起こって居ない極東の島国に果たして起こるのでしょうか。多分起こりませんし、この国はこのまま何となく遣って行けると思います。根本改革は行えませんでしょう。与党も野党もマスコミもそれなりに生活出来るのでしょう。

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