スギ花粉症

昨日再開しましたら、常連さんが御待ちでした。在り難い事です。しかもスギ花粉症‘まみれでした。

 今年は暖冬傾向で2月中下旬には一応花粉の飛散は来ると予測し、受診された患者様には御伝えしましたが、来られなかった方々には、当然この声は届きません。ここが社会の矛盾点です。「その情報を知るべき人々は、TV等を見聞きし情報得御得るべきだが、そういうヒトに限って見聞きしていない。」のです。最近の傾向はネット社会に於いて一層顕著化しています。ネットでニュース情報を得て居るヒトたちは、自分の関心のある内容や項目しか見ないので、「今は当然知るべきだが、後々知って於かないと自分が酷い目にあうぞ、理解する程で無いにしても。」という現象に苛まれるのです。ネットの世界はその場でその時その背景を出来るだけ直ぐに分かるのは大変良いのですが、それぞれを人の手を介して地道に検索する事がないので、得られた情報等が直ぐに自分から抜け出てしまうのです。かつて欲しい事柄は、自分の足でかせぎ、手にしていましたから、忘れたくても頭に刷り込まれ剥がせない体験として残るのです。私はあくまでTVに拘ります。特にニュースはNHKと日本経済新聞社系とは毎日必ず見て居ますし、他の民放も代表的なニュース番組は録画して見て居ます。各放送局の特徴が出ました、その放映時間や社会状況に応じて放送の順番や割く時間が違います。またどのレベルのコメンテーターを呼んで来れるのか、という放送局側の金事情も明らかになり、ここも資本主義社会・自由主義社会の本質が浮き彫りに成るので注目点です。多様な切り口や意見を聞く事が大事ですし、土日に放映している一週間の纏め番組はそういった内容が圧縮されて居てTVなのに見応えがあります。

 視聴率に翻弄されネット番組に喰われているとは言いますが、社会に出ると「力があるものに情報も現実さえも捻じ曲げられて自分に与えられ、それに翻弄されて生きるしかない、不平等性。」をいやがうえにも思い知らされるのです、がそういった事柄を「未だ自分が何者か分からない。」とか「自分に本当に向いている仕事が未だ分からない。」等とほざいて居る連中が如何に多いかに呆れます。自由の吐き違えが、甚だしい。自分でネット(網)を自分の感性と経験で貼って得た情報がライブでしかないと思います。

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