正義は相対的価値。もっと正しい学問を致しませんか。

先週のブログに関しての御質問が御座いまして、「医者ならば何とかして、白内障程度、手術できる施設を探してやれよ。」とわざわざ当院の窓口に遣って来て喚く輩が居りました。このヒトは全く通院せず、数年白内障を放置した上、いきなり「2カ月後普通自動車の免許更新がある。直ぐに白内障の手術をしてくれ。」と何の予告も無く押し掛けて来られ、先ず診察の上白内障の状況と視力検査と必要事項を紹介状に記載したヒトでした。しかしいきなり初診で思い通りに手術を行い、確実に免許更新を合格できる視力を保証出来る手術施設は私は思い浮かばないので、御自身の希望される施設へ紹介する事にした次第でした。その後も通院されず、事の顛末は存じません。

 そもそも著しい変化と自覚していなくとも視力低下を探らずに放置しているヒトが自分の都合で何とかしろと自己の権利を振りかざす事に対し、わざわざ対応出来る診療施設を診察時間中に我々が探す謂れは在るのでしょうか。権利は日本国国民にあまねく平等に与えられていますが、必要とされる事前診療を行う義務も合わせて行う事も迫られます。私の様に最近まで10年近く、らくらくフォン(高齢者用の極限られた機能しか無い携帯電話。ネット検索やGPS・写真機能も私は使いません。)を使っており破損してもスマートフォンに変更せず、同じ老人用らくらくフォンを買い直す様な、ネットをしない連中からすると、昨今ネット社会に浸っているヒト達なら自分で何でも検索できる筈です。であれば当院では受け様が無い検索内容を返答され、受付もされなかった場合、あれこれ言ってる時間自体が無駄であり、早々に対処しないと他の医院でも「直ぐに手術して視力改善を保証しかねる。」と拒否される可能性がある事をこの様なヒトは予測しないのでしょうか。この初老の人物は自分の考えが正義だと思い、行動を起こして居るのでしょうが、正義は極めて相対的であり、状況や時代と共にその評価は移ろうものである事も理解されていないと考えます。

 高校の「倫理」や「政治経済」でも必ず学習しますが、勿論直接では無いにせよ、「正義は相対的価値、真理はかつて絶対的価値。しかし真理も絶対とは言い難いのが現代。」と教わった筈です。真実も「3次元」展開からすると、「X軸からの解釈とY軸からの解釈で若干の差異が出る。同じ事がXYZ軸の2組の組み合わせ3種で生じる。ましてやXYZの1組での評価はよりばらばらな評価しか出ない。」と言えます。我々は感情を中心に判断しません。医療法・薬事法・保険法を中心に法律に基づいて判断する事を義務付けられた職種です。どこかの国とどこかの国が揉めていますが、「経済と軍事を一緒くたに処理している」といった理屈が通らない事柄には返答のしようがありません。自分なりの正義を振りかざして居る人種が居ます。「煽り運転」をする輩達です。必ず自分の勝手な正義を言い訳にしますが、他人が聞いて居て「こいつどうかしている。」という評価しか受けない事を真顔で社会に胸を張って訴える行為自体が滑稽です。ネット右翼と呼ばれるヒトたちも同様です。もっと正しい学問を致しませんか。

緑内障・白内障・黄斑変性症から風邪・花粉症・ぜんそくまで、兵庫県川西市の眼科・アレルギー科藤原医院へ!

この投稿へのトラックバック

トラックバックはありません。

トラックバック URL